豆屋の年の瀬

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今年も後僅か 地方で豆屋を商っている僕は、この時期ホッコリ温かい気持ちになりながら、いつもよりたくさんの珈琲豆を焼いている。 おそらく県外で働いていたり、嫁いでいたり、様々な理由で別々に暮らしているご家族が、年末年始の休みを利用して帰省されるのだろう。 そういった人を思いながら、いつもより値の張る珈琲豆を買っていかれるお客様が、ちょくちょくいらっしゃる。 よそは知らないけれど、僕の店では、値段と豆の味の良し悪しは関係ない。 高いからおいしい。 安いからそれほどでも。 そんなことはない。 値段に関係なく、珈琲豆には十豆十色の味と香りがあり、その上焼き加減もさまざま。 おまけに、異国の豆を混ぜてよし、混ぜなくてよし、で楽しみ方は限りない。 冷え込んだ今夕、いつもスーツ姿で、最近ロングヘアをばっさり切ってショートカットにされた、ちょっと、いや、かなり素敵なご常連のお客様が、うきうきした様子でいらっしゃった。 「明日、息子夫婦が初孫を連れて帰って来るんですよ。いつものブレンドは100グラムで、あとは、ちょっと奮発したお豆にしたいんだけど、何がいいですか?」 ええ、孫って、おばあちゃんてこと? 嘘だろ そんな歳に見えないよ との動揺は隠しつつ 「今朝、キューバの豆を焼きました。少し値段が上がりますが、いかがですか?」 年末だけは、お客様の心意気を優先し、ちょっと高めの豆も提供させて貰っている。 ご家族の帰省を待たれ、心尽くしの料理の後、いつもよりちょっぴり奮発した珈琲を楽しんでいる光景を想像して、この時期の僕は、わくわくほっこりしながら豆を焼いている。 ああそうだ。 また、ショートカットにされた理由をうかがわず終いだった。 来年こそは‥‥ よいお年をお迎えください。
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