ゴミ捨て場の豪華なソファ

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 朝よりもなお冷えた空気で星々は一層綺麗に見えた。ネオンサインがひしめく駅近辺では気付かなかったが、少し離れた今ならその瞬きまで見えるような気がする。単に疲れ目である可能性は否定できない。  星空の下を和幸は歩いていた。閑静な夜の住宅街に革靴の音が反響する。街灯の照らす道の先には誰一人影を落とす者はない。どうりで静かなわけである。みんな年の瀬の忙しさで帰宅できずに残業しているのだろうか。 「家で私が苦しんでるのに、あなたは楽しく飲んだくれるのね」  和幸はと言えば忘年会の帰りである。ただし嫁に嫌味を言われたために一次会で切り上げた。だから本日の帰宅はいつもより少し早い。別に二次会に出たいという気はさらさらないし、むしろ「身重の嫁が待っているから」という大義名分を得られたのは有難いことでもあった。  出産予定日が近づくにつれて嫁の小言が増えてきた。和幸はそれに黙って従っていた。間近に控えた嫁の心が不安定になるのは仕方がない。子供が生まれてしまえば忙しくも楽しい日々が始まる。チクチクした愚痴も口撃もあと少しの辛抱だ。そう言い聞かせる日々が続いていた。  ごみ捨て場が見えてきた。この先の十字路を右に曲がれば我が家はもうすぐそこにある。今日の嫁はどんな顔で迎えてくれるか、どんな言葉を開口一番発するか。考えると自然に気持ちが沈んでいく。それでも和幸は笑顔で受け止められるよう、意識して口角を上げた。できる限りの最高の笑顔を張り付けたまま、曲がり角を右に曲がった。  夜道に再び静寂が戻った。
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