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程なくして十字路にまた誰かがやって来た。
後ろ歩きで現れたのは和幸だった。顔にはまだ笑顔が張り付いている。何気なく通り過ぎてしまったが、視界に異質なものを捉えた気がして戻ってきたのだ。果たしてその予感は当たっていた。
「なんだ、こりゃ……」
ごみ捨て場にソファがあった。大の男一人が横になれるほど大きく、『置かれている』より『鎮座している』と言う方が相応しい。クッションは白を基調として花の刺繍がちりばめられている。脚は木製、ウェーブのかかったフレームにはこれでもかというほどに装飾がなされ、金箔が張り付けられていた跡も見える。
しがないサラリーマンの和幸はソファに造詣が深くない。それでもこのソファが大変高級なものであるのはよく分かった。「すごくエレガントなソファだなぁ」などと思った。このソファの前ではごみ捨て場の一角が小さな美術館に変貌し、街灯はそのために設えられたスポットライトに思われた。
何故こんな所に在るのかと考えてみれば、捨てられたからに相違ないだろう。ただ、ごみとするにはあまりにももったいない、というより『ごみ』と称するのも失礼に感じられた。持ち主とソファの間に一体何があったのか、その来し方を思うと想像は無限に広がった。
どれだけ目を奪われていただろうか、和幸は我に返ると名残惜しい気持ちを押して家に向かった。
作り笑顔はもう剥がれ落ちていた。
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