1人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日の退社は夜十一時を越えた。束の間の休息を求めて企業戦士は家に向かう。ポツポツと見られる彼ら同様、和幸も夜道を歩いていた。
定時直前の電話を取ったのが運の尽きだった。客先からのクレーム対応、その後現地に赴き納入した装置の不具合修理と説明。報告書作成を明日に回しても気が付けばこの時間。嫁には客先を出た時に電話を入れたが出てくれない。
家に帰ったら何と言われるか、いやそもそもすんなりと家に入ることが出来るだろうか。それを思うと今日は笑顔が作りづらい。和幸は重い足を無理に繰り出し、ごみ捨て場の角を曲がった。
また後ろ歩きで後退する者が現れた。和幸だった。視線はソファに注がれている。
それは無意識の行動だったが、和幸に戸惑いはなかった。まだ家に向かう心の準備ができていない。顔の準備も不完全。先ほどまでチラホラいた通行人も今は途絶えた。目の前にはソファがある。どうせもう十分過ぎるほどに遅い時間となっている。ならば次にとる行動は一つだった。
「一休みさせていただいてもよろしいですか?」
ソファに向けられた言葉に、もちろん返答はなかった。依然変わらず堂々とした様子である。それはまるで打ち捨てられた貴婦人がなおも威厳だけは失わず、「好きにしたら?」と鼻先であしらっているように感じられた。妄想上の言葉に和幸は甘えることにした。
最初のコメントを投稿しよう!