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「失礼します」
ゆっくりとソファに腰を下ろした。お尻が包まれ、預けた背中は丁度良い角度で支えられて負担がない。いつも使っているデスクチェアがいかに固いものだったか思い知る。思わず感嘆の声が漏れた。
なんとも贅沢な気分だった。和幸は意味もなく肩肘をついたり、脚を組んだりして格好つけた。体を横に倒してクッションに身を沈めると、子供のころ母の膝枕で耳かきをしてもらった時を思い出した。いつしか人目は気にならなくなっていた。もういっそここで眠りに落ちようかなどと思い始めた。
突然、のどに異物を感じて和幸はむせた。ひとしきりせき込み落ち着くと、スーツに白い汚れがついているのに気が付いた。どうやら砂のようだった。掌でソファを撫でるとザラリとした感触があった。考えてみれば日がな一日往来に置かれては砂埃を被るのは当然である。
「ただで休ませてもらうのも申し訳ない、か……」
立ち上がり、和幸は目の前の自動販売機に向かった。水を買ってハンカチを湿らせ、布地が痛まないように優しく拭いた。
一拭きすると白いと思われた布地の下に一層白い布地が現れた。同じように背もたれも白くしていく。刺繍のほつれている所ははさみで切った。クッションははたいて埃を落とした。丸二日間の汚れが落ちるにつれて、ソファはその真価を現し始めた。
一通りの掃除を終えて見てみると、ソファはさらに気品に満ちていた。湿り気を得た生地が宝石をちりばめたような輝きを放つ。クッションは来た時よりもふっくらとして心地良さそうだ。もう一度座ってみようかと考えると思わず口角が上がるが、ふと見た腕時計が次の日を指しているのに気が付いて、急いで鞄を手に取った。
「ありがとう。良かったら明日も休ませてくれよ」
和幸は家に向かって走り出した。
妄想の中で「待っているわ」とソファが答えた。
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