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しかし、父親に面と向かってそんな反抗できない龍大は、黙って下を向いて小言を聞いた後、自室に戻って枕を殴り付ける。
ホントにこの家はイライラする。
そういう、龍大にとっては鬱陶しい何もかもを、兄は中学の頃から全部完璧にこなしていたらしい。
父の口煩い側近たちも文句なしで褒め称えるほど、よくできた跡取りだったそうだ。
そして、今も、その父をも凌ぐほどのカリスマ性と求心力でもって、誰もが認める完璧な跡目だ。
唯一、直系の跡取りを作ることができないということを除けば、だが。
父も兄も偉大過ぎて、龍大にはとても彼らの跡を継ぐなんてできそうにない。
どうして普通の家に生まれてこなかったのだろう。
聖に会いたい。
こんな変なことばっかやらされてるの、どう思う?
そう訊いたら、あのクールなやつはなんて言うだろうか。
ナニソレ、ぜってぇ漫画だろ、ウケる。
そう言って笑い飛ばしてくれたら、あの笑顔を見ることができるなら、それだけでどんなくだらねえことだって、やってもいいと思えるのに。
翌日の土曜日、龍大はどうしても聖の顔が見たくて、彼の家の前に車を寄せて貰った。
用事がある、と言っていたから、留守かもしれない。
そう思って、車から降りるのを躊躇っていた、そのとき。
一台の大きなバイクが、彼の乗った車の脇を通り過ぎて、少し向こうに停まった。
と、アパートから聖が飛び出してきた。
嬉しそうにその大型バイクに駆け寄る。
そんなふうに子どもっぽい行動をとる聖はレアだ。
「やっぱ、かっけぇなぁ!」
更に、彼にしては珍しいはしゃいだ声でそう言って、そのバイクから降りる男をキラキラした瞳で見つめていた。
誰だ、あいつ。
聖の、なんだ。
バイクから降りた男は、フルフェイスのメットを脱いだ。
龍大の位置からは後ろ姿しか見えないけれど、明らかに彼らと同年代ではない。
彼の兄より少し若いぐらいか、とにかく。
「オッサンじゃん…」
龍大は思わず呟いた。
そのオッサンは、何か聖に向かって言った。
最初の聖の興奮した大声はともかく、普通に喋っている声は、車の中では聞き取れない。
が、聖と二人、彼のアパートの部屋のほうへ歩き出したところを見ると、部屋に上がるらしい。
そこで、龍大は、恐ろしい想像をしてしまった。
まさか、聖のやつ、身体売って生活費稼いでるんじゃ…?
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