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遥か先の道端に、和装の喪服姿の女性の姿が目に入った。小さな石の祠の前に立ち、バスに向かって片手を挙げている。
なのに、当然停まってあげるのだろうと思っていたバスは、スピードを緩めるどころかむしろ加速して、女の人の前を通り過ぎていく。
「あれ? 停まってあげないんですか?」
バスの後方の窓の向こう、喪服姿の女性はバスを追うことも無く、感情の見えない表情でじっとこちらを見つめている。
「……『アレ』は、乗せちゃなんねぇんですよ」
「え?」
低く呟いた運転手さんの言葉に息を呑んだ。
「んだ、乗せられねぇんだ。可哀想だけどな」
そう言って三人のおばあさん達は、手を合わせて必死に何やら唱え始めた。さっきまでの陽気な様子は微塵もなく。
「……あの女の人は、一体なんなんですか?」
私の問いに、車内はしばし沈黙する。
「……お客さん、古い土地には都会の人には分からない、深ぁい『業』ってヤツがあるんですよ」
運転手さんの言葉に含まれた重さに、もう何も言えなくなった。
前言撤回。
田舎は怖い。
もう一度後ろを振り返ると、女の人の姿はどんどん小さくなって、もはや黒い点となり、やがてそれも消えていった。
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