第1章

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 今は鍵も複雑になってきて、針金での鍵開けも難しくなってきた。けれどまだ、できないわけではない。  俺は、とある民家に忍び込んだ。この家族が今朝早く旅行に出かけていないはずだという情報も、きちんと仕入れてある。警備会社と契約もしていないらしい。  家の中に入ると、中は結構大きかった。洋風の作りだが、居間の隅に障子で区切られた場所がある。そういえば、この家には婆さんが一人いたはずだ。  老人は金を溜めこんでいる物だ。俺はその和室コーナーにむかった。途中、小さな棚に写真立てがあるのに気づいた。六歳くらいの男の子と両親、そしてお婆さんがフレームの中で笑っている。  俺は思わず舌打ちをした。  俺の母親は未婚で俺を産んだ。今でこそシングルマザーなんてしゃれた呼び名があるが、当時は夫のいない妻と父のいない子供はまるで罪人のように扱われた。  母はそんな周りの目に絶望し、それを虐待という形で俺にぶつけてきた。だから俺は、こんな幸せそうな写真など撮った事がない。  この家族が俺に金を盗られて悔しがるところを見られないのが残念だ。  まあ何はともあれさっさと仕事を片付けてしまわないと。俺はそっと障子を開けた。  畳の上にちょこんと婆さんが座っていて、俺は「うわっ」と声をあげた。 「おや、お客さんかい?」  婆さんはにこっと笑った。 「残念だけど、今皆出払っているんだよ」  ああ、この婆さんは少しぼけてしまってるんだな。でなければいきなり家に入り込んだ見知らぬ人間に驚かないはずはない。  失せた血の気が戻って来た気がした。 「どうした、婆さん、旅行に連れて行ってもらえなかったのかい」  この婆さんなら、「泥棒が入った」と訴えても、わけの分からないことを言ってると思われるだけだろう。 「もう歳だからね、遠い所にはいけないのさ。ほら、お座りよ」  言われるまま、俺はちゃぶ台の傍の座布団に座った。下手に抵抗して、刺激しない方がいいだろう。 「ちょっと待ってて。今お菓子を持ってくるから」  そう言って婆さんはのそのそと畳を下りて台所に向かった。  もうこうなったら金を盗むのはやめておいた方が無難だ。あとはなんとか抜け出せれば。 「ああ、いいよ。もう帰るから」  そう言って俺は立ち上がろうとした。 「そんなこと言わないで、ゆっくりしていきなよ」  戻ってきた婆さんは、お盆にお菓子と茶を乗せて持ってきた。
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