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玄関から声が聞こえてくる。
「ここにハンコをお願いします」
「はい、ごくろうさま」
宅配便か。これなら早く帰ってくれるだろう。
安心すると大胆になって、もそもそと寝返りをうつ。
そのとき、手に何かが触れた。毛布の下に、何かがある。柔らかく、暖かい物が。俺は毛布をめくりあげてみた。
それは手だった。小さな花のように手の平を上に向けた子供の手。
そばに積んである布団の山に、子供の顔が挟まっていた。顔を九十度倒して、こちらを見つめている。あの家族写真に写っていた六歳ほどの男の子。見開いた目は、写真のおうに黒ではなく、どんよりと曇っている。どう見ても、死んでいた。
この状況は、明らかに事故ではない。さっき触れた彼の手にはまだぬくもりがあった。ということはまだ犯人は近くにいるということ……
「うわあああ!」
押入れから飛び出した先に、笑顔の婆さんが立っていた。
「あらあら、よりにもよって押入れに逃げ込むなんて」
「い、一体、これは……」
婆さんは、ゆっくりと、おっとりと微笑んだ。
「歳をとるとね、皆に邪魔にされるんだよ」
そしてのこのこと和室のスペースを下りると、近くにあったクローゼットを開いてみせた。
中では、向かい合うように男女が立っていた。いや、立っているのではない。洋服をかける棒に半ば吊るされるようにして、この家の夫婦の死体が『収納』されていた。
「子供と味覚が合わないからって、嫁は私にご版を作ってくれない。私はたった一人で買ってきた惣菜を食べてた。歳よりの後は臭いからって、お風呂も最後で、もったいないからといってスイッチも切られる。嫁にあることないこと吹き込まれて、孫も私をバカにする」
あの幸せそうな写真は、偽りの物だったのか。
「さっき言ったろ、『どんなに苦しくても、正直に生きていれば幸せになれる』って信じて生きてきた。でも、そうやって何十年も生きてきた結果がこれだ。そう考えたら、なんだかひどく空しくなってねえ……他の人間に毒を盛ったのさ。どうせこの歳だ。死刑になったってかまいやしない」
毒。ちゃぶ台の上には俺がさっきすすった茶が乗っている。
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