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「え? そんな、いいです。気を遣わないでください」と、彼女が言う。
お兄ちゃんは受け取らない。
「でも、買っちゃったし。俺、甘いものは食べないんですよ」
「けど……」
遠慮する母親を尻目に、俺はお兄ちゃんに押し付けるようにポップコーンを手渡した。
「ありがとうございます」
お兄ちゃんは真っ直ぐに俺を見上げて、言った。
「俺もキャラメル、食べたい!」と、亮君が言う。
「仲良く食べるんだよ」
「すみません。ありがとうございます」と、彼女が本当に申し訳なさそうに言う。
「ありがとうございます、おじさん」
「亮! おじさんじゃなくてお兄さん!」
彼女は俺を『おじさん』と呼んだ息子に訂正する。
「会社の偉い人なんだよ」
「全然偉くないし、三十半ばにもなればおじさんで正解ですよ」
「すみません……」と、彼女がまた謝る。
入場の順番がきて、三人はチケットの半券と入場者プレゼントを受け取って、進んだ。
「あ、課長!」
彼女が思い出したように振り返った。
「五番スクリーンのサスペンス、映画祭で受賞してましたよ」
ペコッと最後にもう一度頭を下げて、彼女は息子たちと共に人の波に消えた。
十五分後。
俺は五番スクリーンの一席にいた。
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