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にはっと笑うと、少し怖めの顔つきが少年のようにほころぶ。東は、じゃあ、決まりね、とその笑顔につられるように笑い返した。
「じゃあ、そろそろ今日の本題に入ろうか。今度の役のメインビジュアルで使ったのはこれね……。この時はウィッグだよね」
「はい。でも、今ちょうどいい長さなんで、地毛でやりたいんすよね。まあ、髪質的にもいけるんじゃないかと思うんですけど……どうですか?」
「元のラノベのカラーイラストがこれか……うん、いいんじゃない?」
けど、翔太くんにしては珍しい役だね、と東がその役について聞き込んでいく。いつもは千秋楽の後の気分転換に髪を切る。しかし、今回は髪の毛の長さがちょうど合いそうなのと黒髪に戻したいのもあって、地毛でのアレンジに挑戦できないか、前述のカナコさんとも相談していたのだ。
「そうなんすよね……切れ長美形優等生とかしたことないっす」
「翔太くん、目おっきいのにね。あと、役柄的にも俺様が多いのに」
「うーん。まあ、優等生ぶっててどSって感じなんで、ちょっと怖めの表情の方がいいのかな、とか。あ。バディ役が諒介くんなんですけど……諒介くんがヤンキー役なんですよ。原作も読み込んだんですけど、今までのイメージからいうと、逆キャスティングじゃないのかな、とは思いました」
先ほどから話題に出ている黒田諒介も同年代の若手俳優である。関西弁で気のいい……そして、恐ろしく顔が美形な俳優だ。フレンドリーなので、翔太も仲良くしているが、前述の界人との付き合いが長く、どうやら、今二人は同居中らしい。彼は甘めの顔をしているので、今回のキャラ的には、いつもであれば逆にキャスティングされそうなものだと思っていた。
「あれ?オーディションじゃなかったんだ」
「今回はオファーです。原作者さんの希望ってことで、ありがたいんですけど。諒介くんはキャス変ですね。彼の役は前作も出てるんで」
「Bet Time」とは、人気ライトノベルである。舞台背景は現代だが、時間軸の違う「裏」の世界に巻き込まれた者たち同士のバトルロワイヤル的な要素が強い。いわゆるバディものなのだが、主人公チームの他に何チームもバディがいて、それぞれに絆と希望があり、チームごとに対立していくという話だ。戦闘シーンも派手で、特にバディのうち1名は何かしらの特殊能力で変身することになる。そういうシーンを派手なプロジェクションマッピングで演出したのが受けて、人気舞台としての地位を確立していた。今回で舞台は三作め。翔太と諒介の演じるキャラクターはとても人気があり、チケットの倍率が「えぐい」ことになっているらしい。……と、認知している古参のファンが嘆いていた。原作ものというのは、どうにもこうにも舞台あたりの予想がつきにくいものだが、いわゆるアタリ舞台であり、オファーがきた時にはマネージャーが興奮した電話をかけてきたほどである。
「まあ、翔太くん、俺様キャラ役が多いけど、本質は違うからなぁ。かといって当て書きでもないか」
「でも、優等生役じゃないっすよね。まあ、それを演じるのが面白いんですけど」
「そうだね。黒髪サラサラかぁ……この感じだと、すとんと落ちた方がいいよね。人気レイヤーとかいるのかな」
「あ。ちょっと調べました」
東がしてくるだろう質問は、前の舞台の移動中に調べておいた。そして、ツイッターで探し当てていた、有名レイヤーの画像を見せる。
「これがRT数すごくて。原作ファン的にはこういうのが受けるのかなと。ちょっとメイク濃いですけど、髪の感じは先に出してるキャラビジュより、こっちに寄せた方がいいのかなあって」
「相変わらず真面目だね」
「キャライメージ壊せないっすからね。原作ものはそっちの気遣いのが気を張ります」
翔太がそう言ってスマホの画像を見ていると、ふふっと東が笑った。
「どうしました?」
「いや、翔太くんらしいな」
「?」
「えらいなって思ってさ」
「えっ、何がですか!?」
色々、とだけ言って、睫毛を伏せるように笑った東の表情にどきりとする。東は少し中性的で、柔らかな顔つきだ。こういう顔の方が今回のキャラには合うのかな……いや、でも切れ長でメイクでなんとかしてもらえば……と顔の作りについても考え込んでしまう。その間に、東は自分の方のタブレットで参考画像のポートフォリオを作ってしまっていた。
「じゃあ、ベースこの感じで調整しよう。表面にストパーあてて、すとんっていくように。公演初日は来月の何日?」
「二十日の金曜日が初日です。ゲネは前日」
「了解。じゃあ、衣装つけた時点で写真ちょうだい。あと、今回のメイクは誰?」
「全部カナコさんっす」
「わかった。カナコさんなら翔太くんのセットの癖はわかってるね。一週間での伸び具合とはねかた見ておいて。自分のセット後に写真くれたらチェックするし、一度寄れるならよってほしい」
「わかりました!」
「……って、一緒に住むなら、それで見れるね……」
「あ!!」
いつものような段取りの話をした後に、そういえば、と二人とも同時に思い出して笑ってしまった。そうだ、一緒に住むんだった、と空気が柔らかく馴染む。
「そうですね!」
「さっき話したのに忘れてた……」
「俺も忘れてました!」
それじゃあ調整は楽だねーなんて話し合いながら、東は翔太の髪を触り始めていく。
「じゃあ、三日後でいいのかな?ギリギリすぎる?俺、その日は店も休みだし手伝おうか」
「い、いいんですか……」
「いいよ。荷物まとめてくれれば、箱ぐらいなら俺の車で運べるよ。でかいのは送ってもらわなくちゃだけど……」
「今までのアパート、家具付きだったんで家具はほとんどないんです。助かります!」
あざす!と勢いよく頭を下げる翔太に、東は少しだけキョトンとしてから、はは、と目尻を下げた。
「ほんと翔太くんって……」
「なんですか?」
「いやあ………強面なのに、いい子だよねえ」
「顔関係ないでしょ、それ………」
「じゃあ、よろしくね。あとで迎えにいく場所とかLINEして」
「!はい!」
こうして二人の同居生活は突然に始まったのだ。
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