381人が本棚に入れています
本棚に追加
アルブレヒトがパチンと指を鳴らすと、地の底から真っ黒い手がゆらゆらと現れて男を拘束し、引きずり込んでいく。もがく手が底なしの沼に沈み込むのを、呆然と私は見ていた。
「ナル」
柔らかな声がして、剣を収めた人が引き寄せてくる。もう、枷はなかった。抱きしめてくれる人の背に、手を置くことができる。温かな体と心に触れられて、嬉しさから涙がこぼれた。
左の頬に大切に触れたアルブレヒトが近づいて、唇が重なる。愛しそうに触れられるそこから、最後まで残っていた悲しさが消えていく。温かなものが満たして、力を感じた。
『んぅ……ふっ……んぅぅ』
背が震えるような感覚が、ずっと怖かった。慰み者だった体は快楽を恐れた。簡単に心を裏切る事を知っている。望まないのに快楽を感じる体を、何度憎らしく思ったかしれない。
けれど今、こんなに温かく嬉しい。もっと、感じていたい。与えられる感覚が、震えながら愛しさに変わっていく。本当に、心から誰かを望み、望まれて繋がる事はこんなに幸せなのか。
離れていく体が惜しい。震えながら、ぼんやりとアルブレヒトを見ている。差し出された手を、躊躇い無く握った。
その時、触れた指先から仄かな明かりが舞い上がり、金色の風が吹き抜けていく。勢いに目を瞑り、開いた時、失った左目に光が戻っていた。
『あ……っ』
最初のコメントを投稿しよう!