381人が本棚に入れています
本棚に追加
【残酷表現あり】とある宰相の転落劇・1(ナルサッハ)
覚えている一番古い記憶は、豊かな森の中。春はコブシの花が空を白く埋め、夏は温かく草の香りがする。秋は木の実や木の葉で一面が色付き、冬は寒くしんしんと雪が降る。
ネメシス、後のジェームダル宰相ナルサッハは、帝国の東にある大森林地帯、別名エルの森に生を受けた。
今思えば便利な道具も、贅沢な食事もない質素な暮らしだった。
けれど、とても幸せだった。
雄々しくも優しい父がいて、優しいけれど時に厳しい母がいた。
周囲の子供も大人も皆家族みたいで、町に一番近い集落は比較的物もあった。
朝から晩まで遊んだり、大人の話を聞いていたり。僕にとって、一番穏やかな時間だったのかもしれない。
「父さん!」
十四歳の僕は周囲よりも甘える癖があったかもしれない。だがそれも、受け止めてくれる手を信じていたから。
「ネメシス、お帰り。今日はどこに行っていたんだ?」
受け止めてくれる大きな父に、僕は甘える。節の立つ大きな手が白い髪を撫で、眩しく愛しい者を見る目で見下ろす。だからこそ僕は笑って甘えていた。小柄だったから、余計にだ。
「今日は長老様の家に行って、お話を聞いてきました」
最初のコメントを投稿しよう!