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したので、私は食事の準備をしながら薪をくべます」
言われるがままに風呂で湯を浴び、全身にこびり付いた垢を落とし、温かい湯に浸かった嘉吉の胸中はどのようなものであっただろう。他人から自分へ向けられた冷たい視線、罵声、害われた人間としての尊厳。おそらく久方ぶりに感じたぬくもり、というものだったのではなかっただろうか。
一方フジは普段より軽いてきぱきした足取りで食事の準備をこなしていく。
まるで夫が居た時のように。独居老人に与えられる何らかの「役割」は死を待つばかりの枯れた人生に彩りと生きがいを与えてくれる。その老女にとって嘉吉の世話をすることが役割になったのだ。
「いやあさっぱりしました。誠にかたじけない。この嘉吉伝助、奥様になんとお礼したらよいか」
紺色の着物を身に着けた嘉吉は風呂から上がってみると精悍で男前な真人間に変わっていた。いや外見容姿がそうでなかったから他者からそのように扱われただけで嘉吉は元から真人間だったのだ。真人間過ぎる程に。
「夫の着物、着られて良かったです、粗食ですがお口に合いますかどうか・・・どうぞ召し上がって下さい」
居間のこたつ机には二人分の食事が用意されていた
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