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次は~滝のある駅~滝のある駅~~
「お隣の墓のある駅で線路上に不審物が確認されたので、崖のある駅行きのこの電車は滝のある駅にて一時停車致します。安全確認のため車内から降りまして、ホームでお待ちください。」
癖のある声で癖のないイントネーションの放送が流れる。
2両しかない電車がストンと人のいないホームに停車する。
午後1時。青空が広がっているが真昼でも肌寒いそんな秋の日。
車両の中からボタンを押すと、プシューッという音を立てて扉が開く。
低いヒールのブーツが駅ホームを踏んだ。マフラーからはみ出た巻き髪とロングコートの裾がふわりと舞う。
…運が良かったのか悪かったのか。
電車から降りてホームにある木造の小さな古ぼけた待合室に向かい、汚れた小窓を覗く。部屋に人影は見当たらなかった。
きっと、わたしの待ち人はまだ着ていないのだろう。
「またか。」
小さな声でつぶやき、昔なつかしい商品が置いてある自販機の方へ向かった。自販機であたたかくて甘ったるい缶コーヒーを買い、待合室に向かう。
日差しは暖かいが、体にまとわりつく風はひんやりと冷たい。
立て付けの悪いドアをあげようと力いっぱい木の扉を横に引く。
扉はガタガタガタッ…と鈍い音を立ててゆっくりと動いた。
部屋の中は暖かい空気が充満してしていて、ほんのり木の香りがする。
外見は古ぼけた様子だったが、机や椅子は新しく、小部屋の中は清潔に保たれていることに少し安堵する。
汚い場所で待つのは耐えられない。
一番入口から遠いベンチに腰をかけて、缶コーヒーを開ける。
安っぽい良い香りがする。
ふぅ…。と一息ついた瞬間。
扉がガタガタガタッ…と鈍い音を立ててゆっくり震えた。
ひんやりと冷たい新鮮な空気が流れ込む。
わたしは一瞬待ち人かと思い、顔を上げた。
そこにはわたし待ち人ではない小さな老紳士が立っていた。
ガタガタガタッ…ともう一度鈍い音が響く。
流れ込んできた冷たい空気がぴたりと止んだ。
ゆっくりと規則正しい足音を立てながら、中に入ってくる。
老紳士が隣のベンチに座ったことを確認し、手元の缶コーヒーに目線を落とす。
わたしは待ち人ではなかったことに少しがっかりしたが、いつものことだと思い直し、甘ったるいコーヒーに口をつける。
あぁ、わたしはあと何時間彼を待ち続ければいいのだろう。
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