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「その、胡蝶蘭、とても綺麗ですねぇ。」
老紳士がベンチに座ってから10分後くらい経った後、優しくてあたたかい老いた男の声が小部屋のなかに響いた。
老いた男はこちらを見ずにまっすぐに目の前を見つめている。
わたしは、突然の響きに驚きながらも、この問いかけが自分にあてられたものであることを理解した。
「ええ、ええ、この胡蝶蘭は永遠に枯れないんです。」
と、答えながら、カバンに付いているレジンの中に閉じ込められた押し花のキーホルダーの表面をなでる。
「ほぉ、最近の技術はすごいのですなぁ。花の時を止めることができるのですね。」
老紳士は天井を見上げながら感心したように呟いた。
わたしに返事を求めているのか、ただの感想なのか、その判断ができずに困っていると、老紳士はまた口を開いた。
「ときにお嬢さん。電車が止まってしまいここから動けません。その間だけ、この老人の話し相手になってくれませんかな?」
老紳士はそっと帽子をとり、はじめてこちらをみた。
老紳士と目が合う。
帽子の下の白髪は丁寧に撫でつけられていて、細い銀縁の眼鏡がよく似合っていた。眼鏡の奥にある瞳は小さいけれどとても優しく、寂しそうななんだか危うい光を宿していた。
わたしはその光を見続けることができずに、
「ええ、ええ、もちろんですよ。」
と、急いで手元の缶コーヒーに目線をずらして返事をした。
老紳士が優しく微笑んだような気配がした。
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