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その日まで
出会ったときはどんな風だったかって?
もちろん、よく覚えてる。
春風が欅の梢を揺する午後のこと。金色の木洩れ日と、灰色のレースみたいな影をまとうベンチに、大貫先生は座っていた。
髪は寝癖があるくせに、髭はきちんと剃っていて、レンズの小さな金縁の眼鏡。若者らしくボタンダウンのコットンシャツに、くたくたに洗いざらしたネイビーのカーディガンを羽織り、パリッと折り目がついたグレーのズボン、革の靴。
ぼーっと木々の梢を眺めては、小鳥を目で追っている人の良さそうな顔。
私は一目見てどうしようもなく惹かれたんだ。髭と尻尾に、びびび!と電気が走ったみたいだった。心臓って本当にドキドキするんだって、初めて知った。まるで自分の中で、もう一人の自分が走り回っているように、いても立ってもいられなくなった。
何も考えられなくて、気づくと私は先生の座っているベンチに近づいて、
「ここ、いいですか?」
って声をかけてた。もちろん人間の言葉じゃないんだけど。
先生は、
「どうぞ」
って答えた。多分ね。私も人間の言葉はあまりわからないから。
でも世界で一番感じのいい「どうぞ」だった。
これが始まり。
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