リング

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鼻が潰れた。これだから若い奴は嫌いなんだ。口元に生温かいものが触れる。拭う。真っ赤に染まっている。血のぬくもりを感じることなんか日常茶飯事だ。対峙する若手レスラーの無邪気なファイトに観客は盛り上がっている。ヒールレスラーの俺にはブーイング。直線的で一辺倒なエルボー。昔この団体のチャンピオンにまでなった俺を馬鹿にしているのか、そんなものは効かない。歯をくいしばることもなく受けてやる。チョップを一発入れただけで悶絶している若手を見るのは嫌いじゃない、自分が痛めつけたなら尚更だ。 表では長年敵対していたあいつはこの試合を見ているのか。子どものように顔をしかめて俺に引退すると言ったあいつは、同期としてずっと切磋琢磨してきた唯一の仲間といってもいいあいつは。長年プロレスをやってきているとどこかしらはおかしくなってくる。伸び切らない肘、靭帯が一本無い膝、何度か砕けた顎、捻れない首。あいつは首に爆弾を抱えていた。原因は俺とベルトをかけて戦った時のパワーボムだった。俺があいつのレスラー人生を終わらせた。誰より愛され、親しまれたあいつのレスラー人生を俺が奪ってしまった。自分がヒールレスラーじゃなければ、今ベテランとして若手と戦ってもいなかったはずだ。あいつとタッグを組んでベルトを巻いて泣きながら抱擁しただろう。あいつの飛び技と俺の投げ技、それが組み合わさればどんなに勢いがある奴だろうと倒せただろう。あいつのフロッグスプラッシュと俺のラストライド、どちらも天下一品だった。 そんなことを考えていたら気がつくと照明を見上げていた。フォールされている。ついこの前まで学生だった奴が俺をフォールしてるんじゃねえ。肩をあげてフォールを返す。立ち上がろうとした時ドロップキックがまともに入った。脳が揺れた。脳が揺れたからだろう、観客席にあいつの姿を見つけた。入り口付近に寄りかかっていた。あいつが見てるなら負けるわけにはいかない。立ち上がって渾身のラリアットを放つと会場は大ブーイング。あいつは拍手している。馬鹿にしやがって。お前に応援されるのが何より嫌だったんだ、俺とお前は仲間だけどライバルだったんだ。応援なんかするな。お前のレスラー人生は俺が終わらせちまったんだ。
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