1.すれ違って置いてかれて

3/32
前へ
/177ページ
次へ
彼らは、俺の様に此方を嘲笑いなどせずに俺を追い抜かして行く。まるで人が歩く際に足元の小石や雑草を気にしない様に、此方など眼中にないかの様に、淡々と走って俺を引き離す。 勿論俺は追い縋ろうとした。 引き離されたくなくて、同じペースで走れると証明したくて、「嫌だ嫌だ」と駄々をこねる様に。悔しくてたまらなくて、「俺はここにいるのだ」と叫ぶ様に。 無意識に、脚の回転を、大腿の筋肉を、本気で走るペースまで引き上げようとした。 だが、其れは叶わない。筋繊維が凝縮し、加速しようと力を生み出すほど、関節や骨が悲鳴をあげる。 一瞬なら我慢できる痛みも、加速し続ければ、脚を焼く痛みへ変わっていった。 没入感が消えて、幻に溺れていた体が引き上げられる。現実を突きつけられる心地がした。 激痛で膝が崩れ落ちる感覚を味わい、俺は悔しながらも走るペースを落として、止まった。 先程追い抜かして嘲笑ったランナーが、立ち止まった俺を風切り音を纏って追い抜いていく。 彼らも此方を見ていなかった。 俺は、其れが奥歯を噛み砕くほど悔しくて、情けなくて、怒れて、今日もまた無力さを思い知った。
/177ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加