○追憶編④~挑戦~

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○追憶編④~挑戦~

 高校2年になった春のある日、公募雑誌で新しい作曲コンクールの募集を発見した。  全国音楽振興会主催のもので歌詞入りの歌での募集だった。  文化祭の後、ピアノのBGM的な曲は何曲かできていたが、どの曲も歌というカテゴリーでの応募は無理だった。  私は帰るなりピアノにかじりつき、何度も何度も弾き試しながら作曲を始めた。  学校にいる間も、続きが浮かんだりすると「忘れては大変」と休み時間に音楽室に行き、お昼休みもごはんをそこそこにギリギリの時間まで作曲して澪ちゃんに心配される始末……  そしてある日、高校の音楽室で澪ちゃんに名前を呼ばれながら『生命(いのち)のささやき』という曲が完成した。 「う~ん曲はできたけど歌詞はどうしよう……」  私は相変わらず文章を考えるのが下手だったので困っていると、  澪ちゃんが「私、作詞してみたい!」と、一晩で歌詞を書いてくれた。  それは、曲のイメージぴったりの歌詞で、真っ白なキャンバスがカラフルに染まっていくような……新しい命が吹き込まれたようなとても素敵な歌詞だった。  私達は「共同制作という形で応募しよう」と誰もいない音楽室でこっそり演奏したものをテープに録音し、全国音楽振興会のソングライター部門に応募した。  それは多分、音楽の知識が豊富なプロ並みの人が応募するようなコンクール……ド素人の高校生にとって恐れ多すぎる挑戦だった。  私は作曲の知識が全くなく勘だけで作曲している状態なのでピアノ教室に通い始めた。  大好きな作曲家についてやどうしたら作曲家になれるかを調べ、尊敬している作曲家が通っていた音大を受験したいと思った。  そしてまずは、受験対策を行っているというその音大の夏期講習に行きたいと思うようになった。 「ねぇお母さん……私ね、実は音大を受験したいと思ってるんだけど……」  母親に初めて進路の相談をした。 「私……作曲家になりたい!! 新しい曲もできて、今コンクールに応募中なんだ」 「作曲家になりたいってあなた………………いい? 音楽の仕事なんて不安定だし、たまたま一回賞をとった位でなれるような甘いものじゃないのよ?」 「だから勉強する!! 受験のために私が憧れてる作曲家が通ってた音大の夏期講習に行きたいの……受講費用は自分でなんとかするのでお願いします!!」
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