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 桜子さんのことをお母さんと呼ぶと、周りの人はちょっと驚いた顔をする。どう見てもあたしたちは親子に見えない。  桜子さんは40歳だけど30代にしか見えないし、あたしは25歳だ。しかも、あたしたちは似ていない。桜子さんは、オードリー・ヘップバーンみたいな、愛くるしい大きな目と小さな顔を持っている。一方あたしは、マスカラとアイラインでぐるりとふちどらなければ、どこに目があるのか分からない地味な顔だ。ファッションの趣味も雰囲気も違う。あたしはかっちりとしたシンプルなデザインが好きだが、桜子さんはふわふわした布地が好きだ。きっと、あたしたちは、姉妹どころか友人同士にも見えないだろう。  でも、ここパリでは、桜子さんをお母さんと呼んでも誰も驚かない。日本語が分からないから当然だけど、何となく物足りない。いっそ、フランス語でママンと呼びかけてみたくなる。  今、桜子さんは専用のフォークとスプーンをぎこちなく使いながら、エスカルゴと取っ組み合っている。あまりにも真剣な表情は、食事をしているというより戦っていると言った方がしっくりくる。「お母さん」  呼ぶと、桜子さんは、お皿から顔を上げてあたしを見た。 「ワインでも頼む?」  ふたりとも、アペリチフのグラスは空になっていた。桜子さんは、茉莉枝に任せる、とだけ言うと、ふたたび皿上の戦いに戻る。  あたしは軽く手を上げて、ウエイターを呼ぶ。読めないフランス語のメニューを見ながら、二番目に安い白を指差すと、蝶ネクタイの似合うウエイターは、青い目を細め微笑んだ。
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