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窓ガラスのキャンバス
白くなった窓に絵を描いた。なんてことない棒人間。びーっと一本線を足し、そこに首輪をした犬を描く。
「なんだそれ」
「犬の散歩をする人だね」
「そうじゃなくて、なんでそんなの描いたんだ?」
「わからない。描いてたらそうなった」
私は隣の窓を見た。
「なにそれ」
「見りゃわかんだろ。クジラだ」
「なんでクジラ?」
「『白鯨』ってアメリカの捕鯨にまつわる小説だ。巨大な白いマッコウクジラとそれを執拗なまでに追いかけるエイハブ船長の闘いの物語」
「…はぁ、そうっすか」
何故クジラを描いたのか、という質問の答えになってないが、もうどうでもいいことにした。
私は窓に再び落描きをする。丸を一つ、それより少し小さな丸を上に一つ。そのさらに上には四角い帽子もといバケツを乗せる。
「雪だるまを二段に描くのって日本だけらしいぞ」
「そうなの?」
「海外じゃほとんど三段だ。海外のはだるまじゃなくてスノーマンっつって、頭、胴、足の三段にするらしい」
そう言いながら上から順に中、小、大の順に丸を重ね、一番上の丸には顔が描きこまれた。その頭にはハット、頭と銅の丸の間にマフラーと思われる絵が付け足される。
「…一番下、足に見えないよなぁ」
「…まぁ、そうだね」
描いた雪だるまの上に雲を描き足していく。空から降る雪まで小さな丸をぽつぽつ描いて表現する。
「こだわり派だね」
「おうよ。じゃあさ、これなんだ」
と窓に描いたのは筒のような形だけど少し丸みのあるもの。
「え、なにこれ」
「ヒント、甘いもの」
「ああ、もしかしてマシュマロ?」
「正解」
「お腹すいてるの?疲れてるの?」
「どっちもかな。じゃあこれは?」
すーっと一本線が伸び、それを軸に二枚の葉っぱが左右に描かれた。ご丁寧に、爪を駆使して葉脈まで描いている。メインとなる花弁の部分は、一枚一枚が少し後ろへと反り、ラッパのような形になる。
「百合だ」
絵の途中だが私は答えた。
「正解」
「マシュマロとのクオリティの差激し過ぎない?」
「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花って美人を形容する言葉があるじゃんか」
「私の話は無視かい」
「俺は芍薬や牡丹みたいな花びら何枚もあるぶわっとした花より、百合みたいなシンプルな花の方が好きなんだよなぁ。着飾った派手派手しい化粧ゴテゴテ女よりも、凛とした女の方がきれいじゃない?」
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