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「…どうだって言われても……」
「そのうちお前が俺と結婚したら『白井真白』になって白だらけだな」
「冗談じゃないよ。あんたが『丸川遊也』になればいいじゃん」
「あ、結婚はしてくれんだ」
「うるさい」
口が滑った。顔の熱が引かない。目も合わせられずに、ただ窓の向こうに目をやった。
「しかし、三月だってのにまだまだ寒いなぁ。桜もまだ咲きそうにないぞ、今年は」
そうだね、とうなずいた。向こうに見える木に合わせて、窓に桜の花びらを描いてみた。
「お、アートじゃん」
「でしょ?」
「お前もいい才能持ってると思うんだけどなー」
「それで食べてける人って何割なのよ。私には向かない」
ガラガラ。戸の開く音がした。振り返ると、頭の後退した教頭が入ってきた。
「ああ、ここにいましたか、白井先生」
「何か御用でしたか、教頭先生?」
さっきまで子供みたいに笑っていたのに、急に大人の顔に戻る。相変わらず切り替えの早い事だ。
「来週の職員会議のことで少し……と思いましたが……これは?」
机の上にごそりと乗る作品という作品を前に、教頭は目を丸くした。
「これ、恒例行事なんですよ。この生徒、毎年美術選択するくせに、描いたもの作ったものを持って帰らず美術室に溜めては、年度末に一気に持って帰らせるんです」
「ああ、そうでしたか」
教頭は感心したように私の作った作品に目を通した。『校内の好きなところ』『将来の夢』を描いたもの、好きな物語のワンシーンを描いた切り絵。工作系は粘土やペーパークラフトなどがあったが、どちらも動物や植物が多く、何をテーマに作ったのかは忘れた。
「これは持ち帰るのが大変そうだ」
「少しずつ持ち帰らないのが悪いので、紙袋を用意してやった僕に感謝して欲しいほどですね」
「私は毎年捨てていいって言ってるんですけどね」
ため息混じりに私が言うと、じろりと睨まれた。
「丸川だったら人のつくったものをゴミ袋につっこめるか?」
「いいと言われたら」
「かーっ!今の若者って本当にドライ!」
「私からすれば白井先生も十分若者ですよ」
ニコニコと教頭が言った。
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