こんなことって、あるんだ

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 彼を見失わないように、わたしたちは小走りで跡を着いていった。  彼の歩く速度で十分ほど。  目指す彼の自宅は、商店街を抜けたところにあった。  どこにでも見かける建て売り二階建て。  小さな庭に数本の木が植わり、フェンスに鉢植えの小花が提げられている。 「あそこがS王子の部屋らしいな」  人影が動いている。 「羽那ちゃん、これで気が済んだよね」  奈雪が見上げてくる。 「うん、ありがとう。真凜、奈雪」  わたしは窓に映る影を見ながら、感謝した。 「帰ろう」 「そうだね」  動こうとしないわたしを、真凜が促した。 「あの商店街に、美味しそうなコロッケがあったの、気づいてた?」 「奈雪はそういうことは、しっかり見てんだな」 「だって、ああいう感じの商店街って、絶対美味しいコロッケがあるんだもん」 「じゃあ、食べながら羽那の恋心を慰めましょうかね」  真凜が笑う。  まだ始まってもいない、わたしの恋を。  だけど。 「コロッケ、楽しみだな」  反論はしない。  だってわたし。  彼の家まで行った。通学路を知った。  わたしはこれから恋をする。  脳内で彼の家にも行く。  だから。  すっごく嬉しくて。  踊り出したくなる。  商店街まで引き返す。  なにこれ、美味しすぎる。  熱々ウマウマ。  三人で揚げたてコロッケを頬張った。  それですべて終わる。  なんてことにならないのが。  乙女の恋心、なんだよね。
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