4人が本棚に入れています
本棚に追加
兄さん、と透明な声で呼ばれていた。彼の声は、だれをも魅了すると、出来損ないの兄である皆人はずっと思っていた。
「兄さん、兄さんは綺麗なんだから、そんな風に下を向いていないで」
細く、余分な肉が一切ない腕が伸び、皆人の頬を撫でた。真っ白く、日の元になどさらされたことがないと言わんばかりのそれは、今にも折れそうで、皆人はいつも恐る恐る触れる。
「美里には言われたくないよ」
触れたら冷たくさえ思えるその頬は、ほのかに紅が乗り、まるで薄紅に塗られた陶器のような透明さを保っていた。その頬を両手でそっと挟むと、トクトクと脈動を感じるような生きた温度が伝わってくる。
「兄さんは兄さんなんだから、オレの付き人みたいに振舞わないで」
細い声が皆人の鼓膜を震わす。あまりに心地いい音に、皆人も首を縦に振りたくなったが、しかし、皆人は微笑むだけだった。
「……美里、オレはこれでいいんだ」
額と額をそっと触れ合わせる。目をつぶって、その額の感触だけに意識を集中させる。その体温を愛しいと思い、彼の背負う運命の残酷さに眉を寄せた。
「美里、オレはお前の苦痛を背負ってやることはできない。だから、できるだけお前を楽にしてやることだけ考えていたいんだ」
顔を離せば、美里はその薄い唇を歪め、眉尻を下げ、その哀しみを訴えていた。その蒼い瞳には、同じような顔をした皆人の姿が映っていて、皆人はその唇を無理やり引き上げた。瞳の中の皆人が少し不器用な笑みを浮かべた。美里はそっと皆人から視線を外すと、彼の真っ白で長い、スカートのような衣装が隠す足元を見た。
「……オレが、こんなんだから」
「美里、お前のせいじゃ、ないだろう」
皆人は、自分でも苦々しい声であることを自覚していた。美里の細い足は、動かない。しかしそれに彼の非は何もない。そうしてしまったのは、全て。
最初のコメントを投稿しよう!