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「皆人ぉー」
うすらとぼけた声に、皆人は眉を寄せた。皆人が最もペースを崩される相手の声だった。くるりと巻いた羊の角の下、頭の悪そうな笑顔が浮かんだ顔。何を言おうとも彼はこの笑顔を崩さない。それが皆人にとって救いであり、同時に憎らしい点でもあった。彼は、にこにこしながら、どれ程邪険に扱われようと皆人にじゃれつく。
「クロード、貴方またうちに来たんですか」
彼は、清澤社の令嬢秘書に貰われたはずだったが、何を考えているのかこの施設に度々やってくる。しかも、無邪気にあれやこれやをぺらぺらと話す。皆人としてはスパイをしてくれているようなものなので都合がいいが、それが折角自分を引き取った相手の立場を悪くすることを分かっているのだろうか。
何も考えていないような能天気な笑顔。それに舌打ちをしながら、皆人は背を向けた。話を最後まで聞くつもりはさらさらなかった。それを知っているのか知らないのか、クロードは尚も皆人の背中に話しかけた。
「ねぇ! セレスがシエラのとこ、様子見に行ったんでしょ? どうだったの!」
全く無神経に問いかける彼に、勢いよく振り返って横面を張り倒したくなる衝動を皆人は堪えて、ただ左右に首を振った。
「わざわざ聞かなくても、わかってるでしょう。貴方も一度会ってるんですから」
「うん、シエラはあのまま、主人に飼われていた方が幸せだよね」
クロードの、自身も皆人も、そして自らの所属していた団体をも否定するような一言に、皆人は呆れ果てて溜息を吐いた。それに関しては全くの同意見ではあったが、それでも彼はきっぱりと言い切った。
「自由こそ、正義です」
皆人とクロードの所属する団体、隷獣愛護団体カーマインの掲げる理念は動物の自由、権利、開放といったものだった。それを失っての幸せなどは、幸せだと言えないと言う意見が、団長の考えであり、その団長の右腕である皆人は、表向きはそういう体でいる必要があった。実際の皆人など関係ない。ここでは冷酷なる、団長の下僕が皆人の演じる役柄だった。
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