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「そうですけれど、セレス、貴方いつまでそうやって不機嫌でいるんですか」
ガラリ、と青年の纏う雰囲気が変わる。少し気の弱い者であったら後退してしまいそうな程の威圧感。皆人はそれに動じることなく、彼の怒りを知らない振りをして地雷を踏み抜くことを決めた。
「シエラに振られたことがそんなに辛いんですか?」
くすりと笑うと、赤い瞳がサングラス越しに輝き、バン、と机に手をついて立ち上がった。カタンと音を立てて、ペンが転がり落ちる。
「誰が? 振られたって?」
唸るような低い声を、嘲笑うように皆人は口角を引き上げた。いくら凄んで見せたところで、彼の怒りは駄々っ子のそれに過ぎない。
「貴方と自由を得るより、主人といる方がいいって言われて不機嫌になるなんて、まんま振られてるじゃないですか」
スタスタとセレスは皆人の真ん前まで歩いてきて、そして皆人のスーツの胸倉を掴んだ。皆人も避けることが可能であったが、皆人はあえてその動作を受け入れた。
「ほざけ、シエラはおかしなっちゅうだけじゃ。自由になれば必ずわしの元へと帰ってくるき」
「それでいいんですよ。変に威圧感出して周りを困らせないでください。我々は、あくまで、慈善団体でしょう?」
にっこりと笑みを浮かべ、やんわりと彼の指に手を重ねると、セレスはその強ばった指先を解きほぐすかのようにゆっくりとシャツから離していった。
「覚えておくぜよ」
「忘れませんよ。貴方が自由を勝ち取らねば困るのは、私も同じですから」
しっかりとセレスの目を見つめて、皆人は口元を歪めた。
「私は貴方に死ぬまで付いて行きますよ。いっそ、地獄の果てまで付いて行きましょうか?」
皆人がそういえば、セレスは吐き捨てた。
「わしはお主なんぞ要らん」
きっぱりと言い切るセレスに、皆人は微笑んだ。
「それは寂しいですね」
「わしもお主も、欲しいものは一つだけじゃろう」
皆人は目を伏せた。皆人もセレスも確かに望みは一つ、そればかりを追いかけてこんなところまで来てしまったが、セレスと皆人では決定的に違うことを、セレスが知ることはないだろうと皆人は思い、笑みを深くした。
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