クジラ雲

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「ふふ、杉村くんていつもああなの?」 プラケースに入れられた、何に使うのか分からない救護ベストやヘルメットをカートへと移しながら、瑞穂先輩がほんのりと微笑む。 奈津美とは違ったタイプで、可愛いというよりも、美人でスラっと長い手足はモデルみたいだ。千葉先輩とお似合いだと、ファンからも好感度は高いらしい。 実際、二人は小学校からの付き合いらしく、プライベートでも一緒にいるところを何人も目撃している。 いっその事、付き合えば良いのに。と思う人は多いのだろうけど、当人達は全く気がないのか、それともそう簡単にはいかないのか。 噂は出るけど、二人が付き合っている事実は聴いた事がなかった。 「杉村は違うクラスなんで、実のところあんまり知らないんです」 カートにヘルメットを投げ入れる度、ガン、ゴン、と無駄に大きな音が響く。 「え、そうなの? 凄く仲良いから同じクラスなんだと思ってた」 仲良い? どこが? 「仲良い……というか、私も杉村も人見知りしない方なんで、そう見えたんですかね」 「いいなぁ」 ぽつり、と独り言の様に瑞穂先輩が呟いた。 「え、瑞穂先輩もみんなと直ぐ打ち解けるじゃないですか」 私なんかよりもずっと、器用に上手に、自然なのに。 「そう見える?」 「そりゃあ、もう。平伏(ひれふ)したくなる程ですよ!」 あはは、と綺麗な口許が大きく開いた。 整った歯並びの奥から、鈴が軽やかに鳴るみたいに、心地良い笑い声が室内を満たす。 「魚住さん、いいね。話してるとすごく楽しい」 「そんな、滅相も無い。いつも馬鹿が移るって言われてますよ」 とくに親友から。 「ふふ、良いね。きっと魚住さんになら何でも言えちゃうんじゃないかな。言っても、全部受け入れてくれそうだもん」 手元に握られたヘルメット見つめながら、そう言った瑞穂先輩の目が、なぜかあの日と重なって見えた。 涙こそ流れてないけど、あの日見た苦しそうな顔がすぐ隣にあって、何て声をかければいいのか。 この時の私は、まだ分からなかった。
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