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「南校舎行く?」
旧校舎からだと、どちらの校舎も大差ない距離だ。ただトイレの場所を考慮すると北校舎よりも南校舎の方が行きやすいかも。
「う~ダメ、漏れるっ」
「もう! 何で我慢してたわけ」
限界とばかりに顔を歪ませる奈津美に呆れながら、仕方なく旧校舎の奥へと足を向ける。
確か一階の中程にトイレがあった記憶がある。
「お、あるじゃん!」
廊下を進んですぐの所に、職員用と書かれたトイレが見えた。カラフルな配色の新校舎とは違い、味気ない白いだけの鉄製の扉は、病院にいるようで入る気すら起きない。
おまけに古くて辛気臭くて暗くて、何より出そうなのだ。
何がって? ほら、幽霊が。
しかし、恐怖という言葉が奈津美の辞書には存在しないのか、単に信じていないだけなのか。そんな事は気にも止めず奈津美は乱暴に扉を押し開けて慌てて中へと駆け込む。
廊下でひとり残された私は、ご先祖様にイタコはいないけれど背筋に霊的存在を感じた気がして、慌てて奈津美の後へと続いた。
「あぁー助かった~!」
奈津美が個室のドアを勢いよく開く。
「奈津美って、ほんと根はオッさんだよね」
私も隣の個室から出ると、手洗い場に向かう。
「ちょっと、性別おかしいから。オッさんは男。私は美女!」
「自分で言うか?」
笑いながら外に出ようとノブに手をかけたところで、私の足は固まった。
「ちょっと、何してんのよ」
奈津美が後ろから不満そうな声を漏らす。
「いや、マズイかも」
それどころじゃない私は、ガチャガチャとノブを回す。
「え、マジで何してんの? 早く開けなよ」
「いや、だから……ドアが、開かない」
押しても引いても、ドアノブを回しても。
うんともすんとも言わない扉は、まるでダンテの叙事詩に登場する、地獄の門さながらの不気味さだ。
『この扉をくぐる者は一切の希望を捨てよ』
そうダンテが囁いているかのように、突如校舎内に鳴り響いた。近頃頻繁に耳にする、あの不吉な音。
非常ベルだ。
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