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「ぎゃぁー!! な、奈津美っ! 非常ベル! 火事だよ火事! どうしよう!」
手はノブを握ったまま、私は半ばパニックを起こしていた。開かないノブをガチャガチャ回し、左手を振り回し、烈火に焼き尽くされる姿を想像して、泡を吹きそうになっていた。
「どいて」
だから、奈津美の声がよく聞こえなかった。
「私が開けるから、そこどいて!」
いや、奈津美の言葉の意味が、理解できなかった。
「へ?」
「扉ぶち壊すから、どけっつってんのっ!!」
「はいぃー!!」
奈津美に気圧されてその場を飛び退いた途端、ドアノブに手をかけた奈津美がはぁーっと息を吐き出す。ぐっと腕が引かれると同時に、メリメリと鉄製の扉が歪な悲鳴を上げる。奈津美が腕を引くたびに、扉はどんどん内側に歪み、ギギギと耳を塞ぎたくなるような嫌な音がトイレ内に響く。
「な、奈津美……」
奈津美のことよりも、ドア枠からバラバラと木屑がこぼれ落ちる光景を前に、校舎が壊れてしまうんじゃないだろうか、と恐怖に足が竦んでいた。
「もうちょっと!」
苦しそうな声を上げて、更にドアノブを奈津美が引っ張る。
ガコッ
と、ついに歪曲した扉が開いた……というより、ドア枠から外れた。
「ほら、開いた」
肩越しに振り向いた奈津美は、いつもの天使さながらの、「箸より重いものなんて持てません」と言い出しそうな、キラキラ麗らかな笑顔で。
「悪魔だ……」
でもこの件を境に、女とは怖い生き物だと。
こと奈津美に関しては、妖艶で、人を惑わし、天使の皮を被った悪魔なのだと私は学習した。
「扉壊したの、内緒にしててね!」
『超怪力』を持つ、悪魔だと。
「仰せのままに……」
言わずもがな、この扉の事はすぐに先生達にバレた。
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