クジラ雲

26/36
前へ
/219ページ
次へ
人気の無い廊下を歩く。 上靴が床に擦れて、時折キュッと鳴き声を上げる。 不気味なほど静けさに包まれた放課後は、歩くたび靴底に孤独感を植え付けてくるようだった。 何のためにここを歩いているのか。 何と言って話を切り出すつもりなのか。 とめどなく浮き上がってくる問いかけに、小さくため息を吐き出した。 そんなの、分かるわけない。 学年も違って、部外者で、瑞穂先輩と同じ部活というだけ。ただ一度、保健室で言葉を交わしただけ。 それなのに、この胸の中に広がる杳として掴めない気持ちは何? ただ純粋に瑞穂先輩の事が気がかりなだけ? ──まだキミのことは、手に入れてないんだね そうだ。きっと初めて出会った日のせいだ。 あんな意味深な事を言われたまま、保健室を出て行ってしまったあの人のせいで、喉奥にずっと魚の骨が引っかかっているみたいなんだ。 飲み込みたいのに、全然入ってこない。 息苦しくて、もがきたくなる。 まさか私───あの人のことが、気になってる? 陽の入りにくい一階の東側にある保健室の周辺は、寥々(りょうりょう)たる雰囲気が立ち込めていた。 扉上部のガラス部分から爪先立って中を覗く。仄暗い室内に、人の気配は感じられない。 「失礼しまーす」 保健室の扉を開けながら、誰ともなしに声をかける。しんとした室内。やはり返事はなかった。 そしてあの人の姿も、無かった。
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!

119人が本棚に入れています
本棚に追加