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保健室を出てすぐの中階段を駆け上る。
一段ずつがもどかしくて、手摺を借りて一段飛ばす。
『トミー』って何!?
吹き出しそうな口許を押さえて、二階の踊り場を過ぎ、更に上階へと目指す。
富永先生のメモが、誰にあてたものなのか。たった一行からでも伺える親しそうな間柄。
そして屋上の鍵。
謎の宛名───クジラさん。
ただの臆測でしかないし、自分がどうしてこんなに急いでいるのか、その理由も分からない。
でも確かに私は、僅かに散らばるあの人の痕跡を、なぞるように屋上を必死に目指している。
瑞穂先輩の涙のわけを知りたいから?
どうして、中庭であんな顔をしていたのか興味があるから?
あの日残した言葉の意味を、聞きたいから?
「見つけた……」
上がりきった息が肩を上下に揺らす。乱れる呼吸を無理やり喉奥へと押しもどす。風が吹き抜ける扉の向こう側へと足を踏み出せば、目が眩むほどの光がまるで邪魔をするみたいに、瞼を無理やり閉じさせようとしていた。
「あれ……高跳びの……」
硝子の様な声が風に溶ける。
一瞬見開かれた鈍色の瞳が優しい色に変わる。風に揺れた琥珀色の髪が太陽を受けて透き通る。
でも、それが理由じゃなかった。
どれも綺麗だけど、どれとも違っていた。
喉の奥につかえた苦しさも、息が上がるほど階段を駆け上がったのも、あの日の言葉が耳から離れなかったのも。
きっとこの陽だまりみたいな笑顔が、
「あなたは……クジラさんですか?」
「さぁ、どうでしょう?」
私の心を……溺れさせているからだ。
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