クジラ雲

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───── 「いきまーす」 たった一本。 景色の中心に音も無く、宙に浮かぶように鎮座する、たった一本の細長いバー。 そこに向かって、助走を開始する。 呼吸はリズム良く、鼓動は次第に遠ざかり、吸い込む息と同時に硬い地面を踏み切る。 スパイクの刺々しい音が細かな砂利を潰す。 より軽く。羽根が生えたみたいに。 余計なものは削ぎ落とし、上昇させる。 意識も身体も、より高く。より遠く。 流れる視界に校舎が横切る。 無機質なコンクリートと、紺碧の空。 その境界に影が見えた───……あれ? 「莉子っ! 足!」 「えっ」 足に弾かれたバーが、乾いた音を立てて支柱から外れる。 「うげっ!」 マットに転がったバーの上へと降下する体。 刹那。ドゴッ。 「イッ! タアァー!!」 盛大な絶叫が、虚しく青空に響き渡る。 視線の先には、 「魚住(うおずみ)っ! クリアランスの時は集中しないとダメだろ!」 憧れの先輩でもある千葉先輩、の鬼の形相。 「す、すみません……」 悶絶するほどの痛みが背中をビリビリと突き抜ける。 呆れてため息をこぼす千葉先輩の背後からは、悪魔みたいな笑みを浮かべた奈津美が顔を出す。そのくせ天使みたいに可愛い顔なのだから、余計に腹立たしい。 「ちょっとちょっと、また変な妄想でもしてたんじゃないの?」 ウヒヒと奈津美が笑う。 態とらしく視線を私と千葉先輩へ往復させている。 頭から角でも生えてくればいいのに。
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