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「え……あの」
「うそうそ、正解だよ」
戸惑う私に、彼は保健室で出会った時と同じように、口許に柔らかな弧を描く。
空しか見えない屋上に立つその姿は、光と同化して、消えてしまいそうだと思った。
「あ、あの。こんな所で、何をしているんですか?」
コンクリートが広がるだけの、のっぺりとした屋上。膝下の高さの壁がぐるりと囲うだけで、フェンスもネットも何も無い。
壁のギリギリに立って振り向く彼が、危なかしくて肝を冷やす。
「当ててみてよ」
悪戯っぽい笑顔にどきりと心臓が跳ねる。
やっぱり全然違う。あの日中庭で見た彼と、目の前にいる彼。
「えっと……現実逃避、とか?」
「うーん、惜しい」
「景色を見るのが好きとか!」
「ちょっと、近づいたかな」
そう言って顔をまた向こう側へと、遥か遠くの何かを見つめるように、雲が大きく積み上がる空へと向けた。
「……空が、良く見えるからですか?」
無意識にコンクリートを踏み進めていた。
気が付けば、私と彼の距離は1メートル程しかない。
「そうだね、」
ぽとりと頭上に声が落ちる。
硝子のように透き通った声。
声の方へと顔を上げる。空を見ていたはずの彼の瞳は、なぜか私へと向けられていた。
ガラス玉みたいな、近くで見て初めて気付く、青みがかった鈍色の瞳。
「そういう事かもしれないね」
その瞳がグラウンドを見下ろす。
ほんの一瞬、揺らいだように見えたのは私の気にし過ぎだろうか。
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