クジラ雲

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彼の視線を辿り、眼下に広がるグラウンドを眺める。 私たちが練習する一画も、ここからだと良く見える。どうやら、この場所からハイジャンを見ていたのは間違いなさそうだった。 でも一体、何が楽しくてこんな屋上で。 周囲を見渡しても、ビニールゴミが落ちていたり、隅に朽ちた野球ボールが転がっていたり、足元に塗料が入っていたであろう、ブリキ缶が置いてあるだけ───……ん? 「ク、クジラさん、これは何?」 「どれ?」 私の指先を辿って、彼が自分の足元に目をやる。 やや間があって、 「あ、」 「まさか、屋上に居たのはコレが理由!?」 その馬鹿げた理由に、わなわなと怒りが込み上がる。さっきの遠くを見るような、あの儚な気な瞳は何だったのだ。 「バレちゃったか」 ははっと乾いた声で、何やら言い訳じみた事を口にし始めていたけれど、私の手は既に彼の首元のネクタイを掴んでいた。 「いいですかっ!! 興味あるのは仕方ないですけどね、たった一本でも停学ですよ、停学! 下手すりゃ退学ですよ!」 気圧されてるのか、彼が一歩後ずさる。 足がブリキ缶にあたり、ガンと鈍い音と共に茶色の水がコンクリートを汚す。 ブリキ缶からは、何十本もの煙草の吸殻が、こんもりと盛り上がって覗いていた。 「え、ちょっと、待っ」 「待ちません、反省して下さい! バレるバレないの問題じゃないんです! 人生台無しにする気ですか! 何のために進学校に入ったんですか! 努力を無駄にしちゃダメです!」 男って、ほんと馬鹿。 「これ、僕じゃない……」 「は?」 「いや、だからこの煙草、僕じゃなくて富永先生のだから」 私って、ほんと大馬鹿っ!
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