魚行きて水濁る

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──── 「次、いきまーす」 杉村が右手を挙げ、ゆっくり助走を開始する。 走り高跳びは助走から跳躍までの間に、歩幅を合わせるためのマーキングをすることができる。 私たちは助走を開始する所と、跳躍に入るためのスタート部分にだいたいマークを付けていることが多い。でも杉村は独特の跳躍スタイルで、跳躍に入る曲助走部分にマークを付け、その部分までは気の抜けたランニングのように進む。 「お、来るよ」 隣で屈伸をしながら奈津美が大きな瞳を杉村に向ける。つられて私も杉村の背中を辿る。 マーク部分にぴたりと歩幅が揃う。そこから五歩、視線はバーを捕える。腕が空高く伸ばされ、体が宙をふわりと浮く。 見えない何かが、杉村の体を引き上げるみたいに、身長の更に上のバーを軽々としなやかに体が通過する。 「オォー!!」 「今の2メートルだろ!?」 マットに着地した杉村が「よし!」とガッツポーズをする。先輩達が駆け寄ると、恥ずかしそうに頭を掻きながらマットを降りた。まさに英雄降臨といった拍手が送られる。 「ウッス! 俺、モテますかね?」 だけど頭の中は果てし無く阿保だ。 「杉村のバネ、凄いよね。本当総体行けちゃうかも」 視線は杉村に向けたまま、天使の微笑をしていた奈津美が肩越しに振り向いた。「ほら、次先輩だよ」 促すように奈津美が視線を向けた先、千葉先輩が真っ直ぐ空へと手を伸ばした。 「いきまーす」
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