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「杉村、魚住、ゴメンな……情けない」
足首を庇うように千葉先輩が左足を上げて歩く。
両脇を杉村と支えながら、保健室前で思わず立ち止まる。今日は、木曜日だった。
「杉村、ちょっと待ってて」
千葉先輩から離れる私に杉村が眉をしかめる。
「は? 何で?」
「富永先生がいないかもしれないから!」
思わず語尾が強くなってしまい、杉村が訝しむ。お腹の中が煮えくり返りそうだった。
汚い言葉が出そうだった。
森塚先輩も他の先輩も、みんなで寄ってたかって。どうしてあんなに酷い言葉が平然と言えるのだ。
それらを喉元で、唾液と一緒に無理やり飲み下す。滾る感情を、堅く噛んだ奥歯で必死に逃しながら、保健室の中を覗く。
中には富永先生がデスクに座っていた。
良かった。クジラさんはいない。
「富永先生いるし、中入りましょう、先輩」
ほっと胸を撫で下ろし、保健室の扉を開く。
丸椅子が回転する金属音が鳴り、猛禽類のような眼が私たちに向けられた。
やっぱり、いつ見ても怖い。
「珍しいな、千葉。喧嘩でもしたか?」
立ち上がりながら発せられたのは低くざらついた声。細められた瞳は奈津美のような悪魔みたいな妖艶さ。
「部活で足首捻っただけです」
いつもとはうって変わり、千葉先輩が不快な表情を露わにする。見たことのない先輩の姿に、隣にいる杉村と目を見合わせる。
「ほおー、そりゃ御大層な事で。二人もお付きがいるとはねぇ」
「これは森塚がっ! 一人で歩けます!」
顔を赤らめ、千葉先輩が杉村の腕を払う。
瞬間、バランスを崩し前のめりに倒れ込みそうな体を、富永先生が素早く片腕で捕らえた。
「素直じゃないのは損するぞ、雅也くん」
「何が言いたいんですかッ!」
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