魚行きて水濁る

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隣を歩いていた千葉先輩がはたと立ち止まる。 「先輩?」 はぁ、と微かに息が吐き出されて、何かが床に向かってパタパタとこぼれ落ちた。 俯いた顔を隠すように、黒髪が揺れる。 「俺のせい……なんだ」 ───いや、揺れたわけじゃ無かった。震えていた。 「先……輩?」 千葉先輩の震える声に、動揺した杉村が支えていた手を離す。またパタパタと床に何かがこぼれ落ちて、それが涙だとようやく気付いた。 「疫病神はっ、俺の方……っ」 苦しそうに声を絞り出し、膝から崩れ落ちるように千葉先輩がしゃがみ込む。 杉村も私も、慌てて(ひざまず)く。 呼吸がおかしい。異常な程浅く、早い。 手はユニフォームの胸元を握りしめ、唇は紫色に変色していた。 「先輩ッ!! き、救急車、魚住、救急車呼ぼう!」 立ち上がろうとする杉村の腕を、千葉先輩が掴み制する。手は小刻みに震えている。 「お、俺がっ……」 「先輩! もう喋らない方がっ」 呼吸をするだけで精一杯に見えるのに、必死に何かを、まるで内に隠していた想いを吐露するみたいに言葉を絞り出す千葉先輩を止めるなんて、私には出来なかった。 「理人の居場所を奪ったのは、俺なんだ」 ほとんど掠れてしまって、声にもならない言葉だったけど、確かに千葉先輩はそう云った。 「千葉っ!!」 前方から地鳴りのような低い大声が廊下に響き渡る。 森塚先輩が目を見開いて昇降口から走ってきていた。 「杉村! 魚住! 何があった!」 すぐに跪き、千葉先輩の顔を覗き込む。背中をさすりながら杉村と私を交互に見た。
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