クジラ雲

5/36
前へ
/219ページ
次へ
あの影は何だったんだろうか。 人だったような、気もするけど。 でも屋上は立ち入り禁止で、確か常時施錠されているし誰も入れないはず。フェンスも無くて、囲い程度のコンクリート壁は膝下の高さしか無く、何の安全対策にもならないと、先生から聞いたことがある。 そもそも、人じゃないとか? まさか人ならざるモノを視る事の出来る能力が目覚めたって事!? 「うわっ!」 全身の毛が逆立つような感覚に、一気に意識が浮上する。なんという目覚めの悪さ。そして若干の頭痛に額へ手を当てる。熱はもう下がったみたいだけど。 「ここは一体、どこ……」 まだ曖昧な視界に入るのは、無機質な白い天井、風に靡くベージュのカーテン、左側の窓から差し込む夕陽。 「夕陽? うそ、今何時!? ってかここどこ!」 飛び起きた瞬間、激痛が背中を走る。 「ヒィッ! い、痛い。地味に……痛い」 痛みから逃げるように背筋を伸ばす。 歪んだ景色の中に、仕切りのカーテン越しに、ゆらりと影が揺れる。黒くゆったりとした、怪しい影。 あぁ、やっぱり。 どうやらご先祖様にイタコはいないけど、占い師もいないけど、きっと何処かの血筋を受け継いで、スピリチュアルな能力が目覚めたに違いない。 お経は読めないし、怪談話は苦手。 夜の神社は論外で、深夜のトイレは部屋中の電気全灯。 そんな臆病者だけれど、唯一の誇れる取り柄はポジティブ&ポジティブ。そして寝れば忘れる鈍感さ。 それを見込んで、神様とやらが使命を与えてくれたのならば。その使命、全うしてやろうじゃないの! いざ、魚住莉子! いっきまあーすッ!! 「……あれ?」
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!

119人が本棚に入れています
本棚に追加