魚行きて水濁る

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「お前! やっぱり鯨井に会わせたのか!!」 森塚先輩が振り向きざま咆哮する。 激憤し手を伸ばして向かった先は、私だった。 肩を掴まれたまま保健室の扉に叩きつけられる。 血液が凍ったみたいに、一瞬で熱は消え、震えが指先から虫みたいに這い上がる。 恐怖で息が出来ない。 「森塚っ! 魚住は関係ないだろ!!」 千葉先輩が叫び、私の肩を掴んだ大きな掌が富永先生に引き剥がされる。それでも噛み付かんばかりの鋭い視線が向けられる。足は竦んで震えていた。 「関係あるだろ! 魚住が鯨井とお前を会わせたんだろーが、言っただろ、鯨井は千葉の───」 ゴツンと、室内に鈍い音が鳴り響いた。 「イッてぇなぁ~、先生が殴るって体罰だろ……」 喚き散らすように声を上げる森塚先輩の頭に、富永先生がゲンコツを振り下ろしていた。 まるで子どもを躾ける親のように、強面の顔がほんのり呆れたような笑みを湛えている。頭を押さえて呻く森塚先輩が少しだけ可愛かった。 そう思ったら、ようやく足の震えが収まった。 「落ち着け、お前はガキか。いや、ガキだな、童貞だもんな」 「ウッ、それは関係ねーだろ!」 「ガキじゃねーならまず謝れ。魚住がビビって漏らしてるぞ」 「なっ! 私漏らしてなんかっ!!」 ギョッとして確認する。大丈夫、セーフだ。 危なかった。 「ふっ」と前方から笑い声が漏れた。 千葉先輩の綻んだ顔。 一瞬で軽くなる空気。 変えたのは、紛れもなく富永先生だ。
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