魚行きて水濁る

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「ほら、座れ」 背中をドンと叩かれ、黒いソファの一番奥に押し込まれる。反動でつんのめる体を、千葉先輩が腕を掴んで引き上げてくれる。 顔色はもうすっかり戻っていた。 それでも安心できないのは、先程の苦しんでいる光景が、顔を見るたびフラッシュバックされてしまうからだろうか。 私と千葉先輩が並んでソファに腰を下ろすと、続いて森塚先輩がその隣に座る。 肩がぶつかる程ギリギリのソファに並ぶ私たちの前に、富永先生はデスクからキャスター付きの丸椅子を転がしてきて跨ぐように座った。 「千葉と鯨井が遭うように図ったのは俺だ」 開口一番、悪びれる様子もなく富永先生が告げる。事の成り行きを知らない森塚先輩は、唖然とした顔を富永先生に向けた。 「千葉の発作はストレス性の過換気症候群だ。このままいけばパニック障害に移行していくかもしれない。そうなりゃ日常生活もままならなくなる。だから先に手を打ってやったんだよ」 腕を組み、凄みのある声を出し、大股を開いて椅子に座る富永先生は、はたから見れば高校生を恐喝しているヤクザに見えるのだろうか。 それでもこれまでの流れを考えたら、富永先生は誰よりも千葉先輩や彼の事を考えているのだと分かって、私の胸にチクリと痛みをもたらした。 中途半端に踏み込んだ、私なんかよりもずっとずっと。富永先生も森塚先輩も、誰かを想ってここにいるのに。 「でも、そもそもこうなったのは鯨井のせいです。 鯨井と千葉が接触しなけりゃ問題ないじゃないですか。こんな荒療治みたいな事せずに、もっと千葉の事考えてやって下さいよ!」 「なんだそれ」 身を乗り出して森塚先輩が訴えるのを、呆れた顔で富永先生がいなす。 「なぁ。お前ら同じ中学の出じゃねーのかよ。よくそんなに鯨井のこと嫌いになれるもんだな」 「嫌いになったわけじゃありません、あいつが、鯨井が俺らを裏切ったんです」 裏切った? 「どういう事ですか?」 思わず声に出してしまい、しまったと手で塞ぐ。 関係の無い私が口を挟む権利なんて無い。 縮こまる私に気が付いたのか、森塚先輩が前屈みになりこちらに顔を向けた。 「魚住も、鯨井と知り合いだしな。知っておいた方がいい」
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