魚行きて水濁る

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「なんでそうなるんだよ」 嘲るような富永先生の声。 濁った空気が鋭い目で断ち切られる。 「本当に、何でもかんでも鯨井のせいだな」 辟易とした顔で富永先生がため息を吐く。 「仕方ないだろ! 放火事件が立て続いて、抜き打ちの持ち物検査があったんだよ、そこで鯨井の制服からライターが見つかって、」 「でもそれだけじゃ……」 彼がやったなんて証拠にはならない。 「まあな。実際、鯨井が火をつけたとこなんて誰も見て無いわけだし、陰でタバコ吸ってる奴もいるだろうから、ライターくらいじゃ注意されて終わりだよ」 「それじゃあ」 「無くなったんだよ」 「え、」 「その日から、放火が無くなったんだ。鯨井のライターが見つかってから。急に、だ」 頭に靄がかかったみたいに、言葉を脳が受け付けようとしない。 濁った水の底に引きずり込まれて、光すら届かないみたいに。
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