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「どこにでもある凡用性の使い捨てライター。名前も何も無い。俺のものかも知れないし、拾ったものかもしれない、誰かから奪い取った可能性もある。つまり、ライター1本見つけた所で、誰のものかなんて調べるのは不可能だ。なら、もしお前らが放火犯だとして、抜き打ち検査が始まればどうする?」
そのんなのもちろん、
「……捨てる……」
けど、クジラさんは捨てなかった。
「じゃあ逆に、捨てないとしたら、その理由は何だ?」
捨てない理由。
捨てたくても、捨てられなかった?
それとも、あえて捨てなかった?
後者だとしたら、何のためにそんなリスクを……クジラさんにとって一体何のメリットに繋がるんだろう。
まるで、故意に自分へ疑いの目を向けさせたいみたいじゃ───
「恐らく、鯨井は誰かを庇ってる」
丸椅子がギシと音を立てた。
前屈みになった富永先生が見つめる先は、千葉先輩だった。
「そうだろ? 千葉」
一言も喋らず、ただ何もない宙を凝視していた千葉先輩の瞳が、ゆっくりと見開かれる。
「どういう……事だよ、千葉。お前……あの放火に関わってんのかよ!」
森塚先輩の強張った顔が向けられた先、俯いた千葉先輩は固く組んだ手の上に、まるで祈るように額に当てた。
「こんな……こんな事になるならっ、……あの時、俺だってもっと必死に止めてた。あいつの全部を奪うなんて分かってたらっ、俺が階段から落ちなかったら、こんな事にならなかったんだ」
水の底に沈んだのは、私じゃなかった。
「まさか……千葉の怪我も……鯨井じゃなかったって事かよ!」
きっとずっと前から、クジラさんも、千葉先輩も、溺れていたんだ。
「俺……怖いんだ、あいつが疫病神って呼ばれるようになって、どんどん悪者のレッテル貼られて、俺たちから遠くなっていく姿を見る度に。いつか消えるんじゃないかって、ずっと怖くて仕方なかった……」
呼吸が出来なくて、もがいている彼等を見て、
「もしかしたら理人は、全部自分の所為にして、」
私はきっと、
「死ぬつもりなんじゃないかって」
溺れた気になっただけなんだ。
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