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「なんで……ここに?」
保健室の扉を開けた先に居たのは、やはりクジラさんだった。でも、もう陽だまりみたいな笑顔は、彼から消えていた。
「富永先生に……呼び出されてて」
真っ直ぐ向けられた瞳に、飲み込まれそうになる。何だろう。すごく違和感がある。
「僕も、富永先生に、」
言いかけて、彼の口許が僅かに弛む。
「何だ、そういう事か」
独りごちた後、困ったように肩を竦めてこちらに歩き進めると、隣に並んだところで足を止めた。
彼の白い手が伸び、私の肩に優しく置かれる。
顔が耳元にすうっと寄せられた。
「余計な事するなって伝えといて」
耳元を掠めた息が、氷みたいで、背筋に寒気が走る。
声のトーンも、口調も、以前と何ら変わりない筈なのに、彼が纏う空気にまるで温度が感じられなかった。
「待って、」
それでも、扉に手をかけた彼の行く手を阻むように、咄嗟に扉を押さえていた。
今ここで止めなければ、もう、会えない気がした。
「なに?」
至近距離で見上げたその顔に、ようやく違和感の正体を掴む。瞳の色が、いつか見たあのブルーグレーに戻っていたのだ。
「目の色が……」
思わず口に出してしまう。
彼も思い出したかのように、僅かに目を見開いた。
「もう必要ないから」
「必要……ない?」
「そう。隠す必要が無くなったんだ」
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