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「りーこっ! 風邪は大丈夫なの?」
「ギャッ」と、尻尾を踏まれた猫の様な大声が教室内に響き、クラス中の視線が痛いほど自分に注がれている。慌てて身を縮こめながら、奈津美を睨みつける。昨日の今日で、容赦無く背中を叩くとか信じられん。
「こんの悪魔! 普通、傷に塩塗るような事する?」
「塗ってあげようか?」
「人ごとだと思って」
「事実、人ごとだからね」
憎々しい顔で笑っているというのに、周囲の男共は微笑んでいると勘違いしているのか、奈津美の笑顔に一様に見惚れている。なんて馬鹿な生き物なの。
「まさかブッ倒れるとはね、さすがにビックリしちゃったよ」
「ほんとごめん。運ぶの大変だったでしょ」
身長は奈津美の方が高いけど、体重はきっと私が圧勝。同じような物食べてるはずなのに、どうしてこうも違うのか。
「は? 私は莉子の鞄、運んだだけだよ?」
「え、嘘、待って……」
恐怖で口許がヒクヒク痙攣する。
「じゃあ、まさか私を運んだのって……」
「千葉先輩に決まってんじゃん」
「いやあぁーー!!」
サヨウナラ、ワタシノアオハル。
絶対体重バレた。
春とは言え、汗だってかいてる。
「良かったじゃん、同じ種目だったお陰で幸運にありつけた訳だし」
「どこが幸運なの! 全然良くないから! 今後の人生に多大なる影響を及ぼしかねない絶対絶命だよ」
「まぁ、確かに、千葉ファンには半年……いや、一年は恨み辛みを呪いの如く言われ続けるだろうね」
間違いない。全学年に存在すると噂される千葉ファンの熱狂ぶりは、陸上部なら誰もが一度は目にした事がある。
そんなファンの恨みを買ってしまったら……あぁ、きっと命すら狙われかねない。
窓に向かって盛大に吐き出したため息の先では、人工芝をぐるりと囲むように陸上競技用のタータントラックが見渡せる。いつもマットや支柱を設置する場所に、授業で使うのかゼッケンの入ったカートが置かれている。
そういえば、昨日のあの人もこんな感じで見ていたのだろうか。
彼の硝子みたいに透き通った声が、なぜだか耳から離れなかった。その言葉が、魚の骨みたいにずっと喉の奥に引っかかっている。
むず痒くて、変な感じ。
──まだキミの事は、手に入れてないんだね
あれは……どういう意味だったのだろうか。
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