クジラ雲

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授業が終わり、昼休みのチャイムが頭上で響く。教室内が一気に騒々しさで包まれ、奈津美がいつもの様に隣の席に腰を下ろした。 赤いランチバッグから、二段の弁当箱をいそいそと取り出している。 「よく毎日作るよね、性格は悪魔だけど、きっと良い奥さんになりそうだよ。奈津美は」 奈津美は両親が共働きで、毎日早起きして弟と自分の弁当を作っている。こういう面倒見の良い所なんて、本当心から尊敬してしまう。 「おい。悪魔って何よ。これでも〝天使のなっちゃん〟って言われてるんだからね」 どこの誰にだ?  奈津美の戯言に目を眇めながら、私も母お手製弁当の蓋を開ける。 「うげ、何これ」 蓋を開けて、一瞬戸惑う。だし巻き卵が弁当箱の半分を占めていた。 魚住家一の呑気者である母は、近頃深夜に再放送される韓流ドラマにどっぷりハマっている。おかげで寝坊しては、こうして出し巻きオンリー弁当が定番になりつつある、何ともとほほな母なのだ。 「ははーん。天使の私を悪魔とか言うからバチが当たったな」 奈津美が不敵な笑みを浮かべ、弁当箱を覗き込んでくる。 「天使はそんな意地悪な顔で笑わないって……あ、そうそう」 口に運んだだし巻き卵を飲み込んで、奈津美に顔をずいと寄せる。 「天使といえばさ、同じ学年の保健委員にさ、ハーフの男子っていたっけ?」 なぜか小声になっていた。 なんとなく、昨日の出来事が夢うつつな気がするせいなのか。 「ハーフ? 顔の濃い男子はいるけど、ハーフではないなぁ。別の学年じゃないの?」 じゃあやっぱり、一年か? いや、それにしては落ち着いていたような。 弁当の隅に転がる小さな唐揚げを最後に残し、プチトマトを頬張っていると、森山が通りかかった。 「あ、ちょっと!」奈津美が呼び止める。 「なに?」 そういえばこの男子、二年の保健委員だ。
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