9. 帰らない夫…そして透明人間のわたし

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8d8529a2-42d9-4e8f-bd25-875cbca84cc2 クミそして芽呂までをも失ったわたしは もはや廃人となるしかなかった。 12年間という気の遠くなる 時間の中のわたしはただの人形。 ーーーただの透明人間でしかなかった。 父親に逆らうこともできず、 言われたことを言われたように するだけのロボット。 それで『結婚』まで悪魔の言いなりにして、 その夫は悪魔ほどではないにしても 同じ穴のムジナ。 悪魔と小悪魔のもとで、 自分で死ぬことすら許されない。 わたしに許されているのは 呼吸をすることと病院で働くこと。 ーーーーそれに『浮気』。 しかし存在自体がないのだから そのような権利はただの 無用の長物(ちょうぶつ)にすぎない。 あれ以来、わたしは『透明人間』なのだ。 血液は流れてはいても その赤い色は誰にも見えない。 自分にすら見えない。 あの悪魔的な男が死に、葬儀の日にも 『あの小悪魔』 はまだヨーロッパから帰ってはいなかった。 どうせあの女とよろしくやっているのだろう。 あの男同様、 わたしも夫に興味も何もないから、 夫がわたしに興味がなくても 文句を言える筋合いではないし、 言う気もない。 ーーーー『あの女』とは、 夫の秘書をしている女、佐伯陽子29歳。 女とはわたしと見合いする 2年前からの関係のようだった。 婚約する前、夫はわたしに 冷めた爬虫類(はちゅうるい)の 獲物を狙う目で わたしをちらっと見てこう言った。 「僕には恋人がいるから、  君も男でも何でも作ればいいよ。  僕は君と結婚しなきゃ  パパから病院を追い出されるんだからさ。  君もどうせ同じなんでしょ?」 「お互い持ちつ持たれつってことで。  それでもいいんなら、僕も君と結婚するよ。ね。」  ーーーと。
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