act.02

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  マーサーは、40を目前にしたすこぶる優秀なこの男が、なぜ黙って社長秘書という地位に甘んじているのか、わからなかった。マーサーがもし、これほどの情報処理能力と柔軟で的確な判断力を備えていたら、もっと重要なポストを望むか独立を決め込んでいただろう。  この会社にとってジェームズ・ウォレスは、単なる社長秘書という肩書きを越えて、あらゆる問題のトラブルシューターとして、また社員と社長とのパイプ役として、カリスマ的な存在感を発していた。  しかも、彼の魅力はその優秀さだけでは終わらない。  彫りの深いその面差しはとても端正で、髪の色は漆黒。しかしその瞳は対照的に、深い瑠璃色を湛えていた。その印象的な瞳の色は、見る者を吸い込むような魅力があり、年齢以上の達観した空気感を纏っていた。  森林の厳粛な静寂を思わせる落ち着いた雰囲気を持つこの男は、ミラーズ社のありとあらゆる課や部署に強い影響力を持っていた。しかも、大抵ウォレスの下す判断は常に正しかったので、社内でウォレスを厄介者と思っている一部の人間達 ── それは主に、営業部の権力者として君臨しているトニー・キングストンの一派だ ── も、口が出せずにいる。 「それで? 今打ち合わせが終了したというところかな?」  少し鼻にかかった、深くてハスキーな声。単語の語尾を強く発声する独特の癖があるこの声に参っている女子社員も多い。  マーサーは、ウォレスの言葉に首を横に振った。     
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