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「霞を抜けて階段のぼっててっぺんに着くとよ、たまげたよ。真っ赤な花畑が広がってるんさ。真っ赤って言っても毒々しいようないやらしい感じじゃねぇ。見てるだけで、息吸うだけで気持ちよくなってくるような落ち着いた赤さ。俺の他にはだぁれもいなくて、気持ちよーくなりながらてくてく歩いてくとさ。鹿が一匹、じっとこっちを見てるのよ」
老人は目を閉じた。
周囲がざわついた。
また……とか大丈夫……といった声があがった。
「心配すんない。まだ死なねぇよ。死ねねぇよ。あンのへっぽこに仕事任せて代替わりなんて出来ねぇだろが。静かにしてろ、聞けってんだ」
ったく、人がせっかくいーい気持ち思い出して浸ってたのによぅ、と老人はぶつくさ言った。
「その鹿はさぁ、そりゃあ大きくて、立派なツノ持ってて、でもちぃともおっかなくなんてねぇのよ。そいつを見たとき俺はものすごく安心したね。ああ、きっとこの先が天国なんだろうなって……」
いやだおじいさん、天国なんて言わないでよ……と涙まじりの笑い声が起きた。
「しょうがねぇだろ、直感てやつさ。地獄よかいいだろが」
老人は少し咳き込んだ。吸い飲みの水で口を湿らすと、また話し始めた。
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