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2. 野良
シャムロックをじっと眺める者がいた。
黒い猫。
右眼の上に目立つ傷跡が斜めに走っている。
黒毛の身体は汚れゆくまま。
身体は厳しい世界を生きていくのに
必要なスリムさを備えていた。
そういった風体は、いかにも「野良猫」だった。
全身が黒いと思いきや、胸元にワンポイントで
白い毛が、何かの模様のように残っていた。
黒猫は、シシリーの正面にある小さなビルの脇
暗い横路から顔をのぞかせていた。
鋭利で透き通った瞳。
そこには、通り過ぎる車を超えた店先で丸くなっている
一匹の灰色猫の姿が映っていた。
丸い瞳が細く水平になり、黒猫は深い溜め息を漏らした。
「なんて優美なんだ」
彼は恋するもの全てに訪れる、深い心のうずきを感じていた。
猫に生を受けて5年と数十日。
名前は無い。
たくさんの女性と、それなりの経験をこなしてきた。
もちろん、惚れるより惚れさせて、のこと。
自分から相手を誘うなんて、馬鹿げていると思っていた。
けれど、この出会いは違った。
あれは彼がこの街で、2番目に広い縄張りを持つミケを
この手で打ち負かした日のことだった。
その大猫は手ごわかったが、黒猫の方が上手だった。
ただし無傷という訳にはいかず
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